被爆クスノキ2世

ページ番号1002438  更新日 2026年1月29日

印刷大きな文字で印刷

2001年(平成13年)にピースメッセンジャーが長崎市立淵中学校と交流をした際に被爆クスノキをいただきました。

長崎に原爆が落とされたとき、爆心地に程近い山王神社のクスノキは一瞬にして焼けてしまったそうですが、3年程経った後、再び芽を出し大木に育ったそうです。そのクスノキから落ちた種が双葉になった貴重な苗木です。

写真:被爆当時のクスノキ
被爆当時のクスノキ(米軍撮影・長崎市原爆資料館所蔵)

逗子市ピースメッセンジャーは、このクスノキを逗子の平和のシンボルとして大切に育てるとともに、たくさんの人に平和への思いを知ってもらおうと2001年(平成13年)10月14日、逗子市第一運動公園に植樹しました。

写真:植樹の様子

写真:第一運動公園に被爆クスノキを植樹


2002年(平成14年)11月初旬に悲しい出来事が起こりました。順調に育っていたクスノキが何者かによって抜き取られてしまったのです。
たくさんの人の平和への思いが込められていたクスノキを抜き取る行為は、絶対に許すことができません。このことは新聞でも大きく取り上げられました。
そのような時、日本非核宣言自治体協議会(会長:長崎市)から同じ出所である山王神社のクスノキをいただけることになり、2003年(平成15年)4月28日、第一運動公園にこの新しいクスノキを植樹しました。

淵中学校との交流でいただいたクスノキも忘れることなく、大きく成長することを願っています。


2003年(平成15年)4月28日の写真
2003年(平成15年)4月28日
2003年(平成15年)12月26日写真
2003年(平成15年)12月26日

2003年(平成15年)8月21日、ピースメッセンジャーが長崎市内の山王神社を訪れ母樹である被爆クスノキを見学しました。

写真:長崎市山王神社の被爆クスノキ見学

被爆クスノキ2世 成長の記録

2014年(平成26年)4月、第一運動公園に植樹していたクスノキを、体験学習施設スマイル横に移植しました。

2024年(令和6年)5月26日

2024年(令和6年)5月26日

2025年(令和7年)11月15日

2025年(令和7年)11月15日

2026年(令和8年)1月21日

クスノキ(2026年1月21日)

このページに関するお問い合わせ

市民協働部市民協働課市民協働係
〒249-8686 神奈川県逗子市逗子5丁目2番16号
電話番号:046-872-8156
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。