長柄桜山古墳群 -ながえさくらやま-
長柄桜山古墳群とは
逗子市と葉山町の境界線上に位置する、ともに全長90m前後の、現存する遺構としては神奈川県内最大級の規模を有する2基の前方後円墳です。逗子市教育委員会と葉山町教育委員会が協力して保存整備を進めています。
I.これまでの経緯
発見
長柄桜山古墳群は、平成11年3月、葉山桜山団地西側の山頂(現在の第1号墳)で、携帯電話の中継基地建設工事に伴う小規模な伐採及び整地が行われた際、葉山町在住の東家洋之助さんが埴輪片を発見したことをきっかけにその存在が公に知られるようになりました。
また、同年4月、県内の考古学研究者が、その西側約500mの丘陵頂部(現在の第2号墳)も同様の古墳であることを指摘し、その後の試掘調査、測量調査、範囲確認調査等を経て、第1号墳と同様の古墳であることが明らかとなったのです。

第1号墳の全景(2013年12月)
史跡指定へ
史跡指定状況
| 名 称: | 長柄桜山古墳群 |
| 所 在 地: |
第1号墳 神奈川県逗子市桜山7丁目 神奈川県三浦郡葉山町長柄字芳ヶ久保 第2号墳 神奈川県逗子市桜山8丁目 神奈川県三浦郡葉山町長柄字下小路 |
| 所 有 者: | 逗子市、葉山町 |
| 指 定: | 平成14年12月19日 国史跡指定(文部科学省告示202号) |
| 指定理由: | 三浦半島西岸の付け根に位置する、2基の前期大型前方後円墳からなる古墳群。畿内地域と東日本を結ぶ太平洋側の交通の要衝にあり、古墳時代における関東と畿内を結ぶ交通や、南関東の地域の情勢を考える上で重要である。 |
| 面 積: |
第1号墳6,869.32m2(逗子市:3,438.35m2、葉山町:3,430.97m2) 第2号墳8,208.11m2(逗子市:5,440.45m2、葉山町:2,767.66m2) |

史跡指定範囲と墳丘推定範囲第1号墳

史跡指定範囲と墳丘推定範囲第2号墳
保存整備に向けて
II.史跡の概要
位置と地形
周辺の丘陵では、昭和40年代以降の宅地開発により地形が大きく改変されており、第1号墳東側まで造成が及んでいますが、その後古墳群の周辺一帯には各種法令に基づき開発行為に対する制限がかけられたことから、史跡とその周辺は現在までなお豊かな自然環境が保全されています。
指定地内にはさまざまな樹木が茂っており、眼下の視界はほとんど遮られていますが、第1号墳の後円部墳頂から東には東京湾が、第2号墳前方部から西には相模湾を眺めることができる絶好のロケーションにあります。また、指定地内を東西に走るハイキングコース「ふれあいロード」が整備され、近隣住民やハイカー達に利用されています。

海から見た古墳群の立地する丘陵
周辺の遺跡
一方、田越川左岸の段丘上の平坦面や、田越川の支流池子川右岸の沖積微高地上、また葉山側では沿岸部の一色・堀内地区の砂丘上などを中心に、弥生時代から古墳時代前期の遺跡が点在しています。とくに逗子湾からやや奥まった田越川中流域左岸の段丘上では、弥生時代中期後半から後期の集落跡のほか、古墳時代前期から後期の集落跡が重なる複合遺跡で、一般集落から出土することはまれな石釧が出土したことでも知られる持田遺跡(5)や、土器焼成遺構や粘土採掘坑など土器生産を行っていた古墳時代前期の集落跡である沼間ポンプ場南台地遺跡(10)や菅ヶ谷台地遺跡(9)など、長柄桜山古墳群の築造に並行する時期の集落跡が集中しています。また、田越川右岸の池子川流域には弥生時代から古墳時代のほか、各時代の遺跡が確認された池子遺跡群(11)が存在します。池子遺跡群からは、古墳時代の鏡片や銅鏃など、やはり一般集落からの出土は珍しい遺物が出土していることも注目されます。

持田遺跡で出土した石釧
また、奈良時代以前の古東海道については、『古事記』『日本書紀』に記載されたヤマトタケルの東征説話を根拠にその復元的研究が進められています。説話自体の史実性は薄いですが、そのルートは当時の実際の交通路をある程度反映したものと思われ、概ね現在の横須賀市走水付近から東京湾を渡海したと考えられています。半島内のルートについてはさまざまな想定が可能ですが、地形あるいは遺跡分布の点からみて、田越川流域を遡上して東京湾側へ到るルートは相模湾と東京湾を結ぶ重要な交通路であったと考えられます。

周辺遺跡図
発掘調査

埴輪の出土状況(第1号墳くびれ部外側)
第1号墳
墳長91.3mを測り、前方部を南南西に向けて構築された前方後円墳です。墳丘の遺存状態は総じて良好ですが、葉桜住宅造成の際に後円部北側の一部が失われています。後円部の西半は正円形を描きます、東半はいびつな形をしています。後円部墳頂部は西から東に向って約60cm下がっていますが、古墳築造以降に地すべりが起こった結果であることがわかっています。前方部は現況地形では先端部が撥形に広がっていますが、中世後期以降に墳丘の一部が削平を受けており、本来は幅広の台形状であったことが確認されています。
墳丘の高さは後円部で約7.7m、前方部で約4.9mを測り、墳裾は後円部から前方部にかけて緩やかに下がっています。そのため後円部と前方部の墳頂部間比高差は約3.25mとなります。
墳丘の構造
墳丘の構築にあたっては、地山の逗子層〜黒色土層を削り出して成形した後、上部に約1.5mの盛土を施して築き上げています。なお、前方部前面のみ墳裾から断面三角形状に盛土を施していることもわかっています。後円部は三段、前方部は二段の段築となっており、葺石は施されていません。

くびれ部付近の墳裾のようす
墳丘斜面部〜墳裾の覆土中からは円筒埴輪及び壺形埴輪片が出土しています。後円部墳頂部平坦面の縁辺には、築造時の状態を保った埴輪基部が都合5個体確認されており、埴輪列が巡っていたことが明らかになっています。隆起斜道部から前方部墳頂部及び段築テラス上には埴輪列は遺存していませんでした。

出土した円筒埴輪
後円部墳頂部中央のやや東よりに、墳丘主軸から東に約15度傾いた状態で、幅約1.6m、長さ約7mの陥没坑が確認されています。陥没坑の一部を掘り下げたところ、墳丘面から約1.5m下に粘土槨が1基構築されていることが確認されました。後世の掘削痕跡は認められなかったため、主体部は未盗掘であると考えられます。
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| 確認された陥没坑(黒い部分) | 陥没坑の断面と粘土槨 |
第2号墳
墳長約88mを測り、前方部を西に向けて構築された前方後円墳です。墳丘の遺存状態は総じて良好ですが、後円部墳頂部には後世のものかと思われる塚状の高まりが存在します。
墳丘は、後円部で高さ約7.3m、前方部で約8.7mを測り、墳裾は後円部から前方部にかけて緩やかに下がっています。そのため後円部墳頂部平坦面と前方部の比高差は約0.7mとなっています。
構造など
ごく小規模な発掘調査しか行われていないため、詳細は不明ですが、墳裾付近は地山の逗子層を削り出して成形しています。墳丘斜面部の盛土の構築状況や段築の有無については明らかではありませんが、第1号墳にはみられない葺石が存在することが大きな特徴です。覆土中からは円筒埴輪及び壺形埴輪片が出土していますので、埴輪列の存在が予想されます。また、埋葬施設の位置や構造、規模等も明らかではありません。

第2号墳の後円部
III.今後の保存整備
整備基本計画
本計画は、基本的な整備内容や手法等について検討するとともに、全体的な事業の概算費用やスケジュールを示すことで、行政として実現可能な整備の道筋を具体化しようとするものです。
ボランティアパトロールなど
古墳ボランティアパトロールの活動に興味、関心がおありの方は、逗子市教育委員会社会教育課、葉山町教育委員会生涯学習課にお問い合わせください。
IV. アクセス

※駐車場はありません。
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JR逗子駅前バスのりば
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4番
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逗17系統「葉桜」行き 「葉桜」停留所下車
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→第1号墳へ徒歩約10分(比較的平坦)
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2番
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逗11系統「葉山町福祉文化会館」行き または
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逗12系統「葉山(一色)」行き 「富士見橋」停留所下車
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→蘆花記念公園を経て第2号墳へ徒歩約20分(険しい上り道)
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V. 参考資料
リーフレット
平成24年3月発行の最新版です。
第1号墳の発掘調査のうち、平成18〜20年度の成果をとりまとめたものです。
第1号墳の発掘調査の最終年度で、埋葬施設の位置などを確認しました。
刊行図書
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(1)『長柄・桜山 第1・2号墳 測量調査・範囲確認調査報告書』 神奈川県教育委員会・(財)かながわ考古学財団 平成13年3月 350円 |
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(2)『シンポジウム 前期古墳を考える〜長柄・桜山の地から〜 / 国史跡指定記念講演会 未来に活かす史跡整備を考える 記録集』 逗子市教育委員会・葉山町教育委員会 平成15年3月 300円 |
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(3)『国指定史跡長柄桜山古墳群第1号墳発掘調査概要報告書(平成18年度〜平成20年度)』 逗子市教育委員会・葉山町教育委員会 平成21年3月 非売品 |
(1)、(2)のお求めは、情報政策課情報公開係(下記リンク参照)へ






