神武寺
 
医王山来迎院神武寺は天台宗,鷹取山登山道の中途に建てられています。古くは,鎌倉時代に編纂された「吾妻鏡」にも源実朝が参拝したことが書かれています。関東でも比較的由緒の古い名刹であり,自然環境もよく保たれ山岳寺院の面影をとどめています。しかしながら,たびたびの火災により文書等が消失して明確な寺史を知ることは困難です。
 文禄3年(1594)の奥書のある相模国三浦郡神武寺縁起には,神亀元年(724)甲子正月十二日の夜,聖武天皇が霊夢をみて,命を受けた行基が沼間までやってきて山にこもり一刀三礼で十一面観音・釈迦如来・薬師如来像を彫刻し,それをまつったのがおこりだと書かれています。奈良時代には,今の逗子市全域は鎌倉郡沼浜郷と呼ばれていました。この郷の名前は天平勝宝元年(749)の正倉院御物古裂銘に「相模國鎌倉郡沼濱郷戸主大伴部廣麻呂…」と記されたものが残されています。奈良時代にすでにこの辺りが開発されて人が住んでいた事がうかがえる資料です。
本堂は薬師堂で,室町末期の様式を持つ建築です。神奈川県の重要文化財にも指定されています堂内の厨子には薬師如来座像・日光菩薩立像・月光菩薩立像が納められ,他に十二神将像が祀られています。  
現在の山門は池子トンネルに向かう道が左にカーブしている所の右手にありますが,これは第二次
大戦中に軍の要求で移転させられたもので,以前は横須賀線の踏切を渡った所にありました。
神武寺の山には「スダジイ・アカガシ・タブ」などの常緑広葉樹の森が広がり多くのシダ植物が繁
茂しています。薬師堂の前には,神奈川の銘木百選にも選ばれた樹齢400年を越す「なんじゃもんじゃの木」(ホルトノキ)やボダイジュ等の木々も茂っています。
また,ここの墓地にはみろくやぐらと呼ばれる岩窟があります。中央には弥勒菩薩の石像が安置さ
れています。この像の光背には「大唐高麗舞師本朝神楽博士従五位上行左近衛将監中原朝臣光氏」と名前が刻まれていることから埋葬者がはっきりとわかる貴重な墳墓堂です。
弥勒 六地蔵 拝殿 薬師堂